尊敬すべきおばあちゃん。ありがとう!!そして、ますます宇宙と繋がっていく★

ども☆

よしみです。

タイトルの通り、宇宙と・・集合無意識と・・繋がっていることを。
ワサワサと、分速、いや、秒速で、相も変わらず見せつけられてます。

言った、思った、イメージした、それらが、
ホントになるのはワカッテル。

そこの仕組みについては、いつも、オハナシ会でしているので、
参加されてる方は、願望実現法も、自分の手放したいパターンに気づく方法も会得されてるかと思いますが。

もう、実体験しか話さないよしみなので、起きたシンクロとして、伝えるネタが尽きませぬ。

でさ。
今は、それが現実でシンクロを起こしてくるまでのスピード感・・
ハンパなーい!!

言った、あ、次の日、そこにイル。
思った、あ、目の前で起きた。

そんな感じで、言ったらもうすでに現実化してる。もう、秒速。
あら?魔法使いになっちゃった?・・って 思い始めてます☆

いづれ、そのシンクロ起こすスピードを上げるのは、
自分の波動を上げる!ってコトなんだな、と。実感。
そこについては、また、次のブログで書きますね☆

★☆★☆

で、タイトルに書いた 尊敬すべきおばあちゃん。
先週16日に亡くなりました。

享年99歳。
大往生です。

おばあちゃん。秋田に住んでいました。

70歳過ぎても、ハワイとか好奇心旺盛に旅行へ出かけ、
80歳過ぎても、趣味をバリバリとこなしていたおばあちゃん。
生け花の師範が、80歳過ぎて、フラワーアレンジメント習いに行ってたからね。

今年の4月に、数年ぶりに会った時、
「会えてよかった・・」って思ってたんだ。
おばあちゃん。すっごく小さくなっていた。

それから3カ月経った今月6日、「おばあちゃんが脳梗塞で倒れた」と母から聞き。

「延命治療はしないから、2~3日位で息を引き取るのでは」と医師に言われたと。

おばあちゃんは寿命まっとうしたんだから、ゆっくり休んでください!と思いつつ、
秋田のその地方では、亡くなって1日おいてすぐに火葬となるので、
え、ちょっと待ってくれ。おばあちゃんの肉体にちゃんとさよならしたい。
火葬までは一緒にいたい。
でも、あたし、どう頑張っても、7月は18・19日しか連休取れないから、それまで、宇宙、よろしくね。と。お願いした。

群馬から駆け付けておばあちゃんの病床にいる母には、電話で、「きっと火葬は19日だよ。」と伝えた。
「こん睡状態が続いてるから、きっとそこまではもたないよ」と母は言い、
「おばあちゃんの手相は、4月の時、どうだった?」
なんて聞くから、あたしは
「もう、大往生なんだからゆっくり休んでいいと思うよー。無邪気な少女の魂のおばあちゃん、ずっと 世の中や家族のために頑張ってきたから、耳元で大好きな歌を歌ってあげて」
って 伝えた。

で。母も驚いてたけど、
おばあちゃんはこん睡状態のまま、10日間意識を戻さないまま、16日に亡くなった。

あたしは18日の夕方にしか、秋田に到着できないけど、
18日は友引で火葬はしない。
そんなこんなで、実家のお寺で眠ったままのおばあちゃんに挨拶して、
19日の火葬に立ち会えることになった。

宇宙・・おばあちゃん・・ありがとう。

★☆★☆

よしみは、小さい頃から夏休みとなると、秋田に行き、長い時は1カ月預けられていたり。
それから、中2で山に捨てられるような、やんちゃな思春期の頃も、
そのあと、更生もせずにバイクで大事故起こしたりした際は、退院後に秋田に連れて行かれた。

母の実家である、秋田のおばあちゃん家は、お寺なので、
行けば、本堂の掃除やら、座禅やら、それから、広い庭、裏には山もあり、そこにお墓があったりして。
大自然の中、花を摘んだり、草を刈ったり、檀家さんのお墓の掃除をしたり・・
すごく規律正しい生活の中で寝起きして、掃除して、冬には雪かきを手伝わされた。

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おばあちゃんが建立した寺の敷地内の茶室と、幼少期のプールだった池。

あたしは きっと 12人いる孫の中で 一番やんちゃだったと思う。
なぜなら、一番、恐ろしい<本堂の下>っていう、寺の本堂の下に位置する
物置スペースである、冷たくて暗闇の世界にお仕置きで閉じ込められる回数が多かったから。一番、多かった。
イメージとしたら、絵本、「おしいれの冒険」みたいなお仕置きの場所。(←知ってる?)

客間や本堂の障子を意図的に破きまくる。
宿題はしない。木魚を鳴らし、鐘を叩く。
言うことを聞かない。やっちゃいけないことをヤル。
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困ったちゃん ナンバー1だった。

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田舎のお寺。でも、思い出がいっぱい。

で、最後に必ず<本堂の下>で、ごめんなさい、って言うまで出してもらえないお仕置きが待っていたのだ。

ごめんなさい、が言いたくなくて、内側からドアをガンガン蹴って、さらにお仕置きが延長・・なんてザラだった。

おばあちゃんは、優しいけど、言うことを聞かないと鬼のようにガンコで厳しい人だった。あたしにとって。

そして、おばあちゃんは、自分にも厳しい人だった。

火葬の際に参列者の方に配られた会葬礼状にはこんな文章が書かれてた。

「百年近い長い年月を祖母は一日も無駄に過ごすことなく信念を持って、その命をまっとうしたように思います。
祖母は大学を卒業後、小学校教諭として愛情を持って教え子に接していたと聞いております。教壇を離れた後も温かな交流を続けられたことは人生の宝だったことでしょう。また、地元のために微力を尽くしたいと、教育委員会、社会教育主事として懸命に務めを果たした姿に敬意の念を覚えます。
定年を迎えてからも、生け花の師範として多くの方々と交流を深めつつ、お茶、琴、日本舞踊、さらには若い頃から親しんできたピアノをたしなみ、海外旅行にも出掛けておりました。いくつになっても色々なことに関心を持ち続けた心の若さには驚かされてばかりでした。
忙しい日々ながらも、住職だった夫を支え、五人の子供たちに愛情を注ぎ、十二人の孫たち、十五人のひ孫たちを、大きな心で包んでくれた祖母・・。
今はただ、先に逝った夫や子供たちと再会を果たしながら「皆で仲良くゆっくりとお過ごしください」と願うばかりです。」

・・とある。こうゆう会葬礼状見たことないけど。・・いいね。

住職だったおじいちゃんは数年前に亡くなっていて、
今回のおばあちゃんの死を通して、しみじみと、
おじいちゃん、おばあちゃんがいた、秋田で過ごした時間を振り返るタイミングとなった。
いわゆる、自分のルーツになる部分と、向き合う時間。それから大きな長い歴史の終わり。

風景の中に刻まれたさまざまな記憶が蘇ってきて、
それらの時間は、どんなに道をそれても、外しても、
あたしの中のとって、大事な核になっているのだな・・。
そう、思えた。

おじいちゃんおばあちゃんが引き継いだもの、かつてよりもよりよく変えたもの。
その息子娘の自分の両親世代が引き継いだもの、かつてよりもよりよく変えたもの。
そして、あたしたち、おばあちゃんから見たら孫の世代達。
みな集まって、
夜通し、話をしながら、たくさんのことを感じた。

教え、や、経典、という思考の世界と、(←いわゆる宗教)
生身の人間である感情の世界。(←いわゆる・・人間・・)
どっちも、抑圧したら、バランス崩れる。
そこを とても感じた。
また、そこを、しっかり書きたいけど・・ね。

単純に、「抑圧はもう、いいな」
それに尽きた。あたしの中で。

ま、いづれ、そこもブログるし、出会う人たちには伝えていきたい。

★☆★☆

おばあちゃんのお父さんは、
<女は勉強なんてしなくていい>
<女は自転車に乗るな>
・・そう言ってた人だったんだって。

で。

おばあちゃんは、夜になると、布団の中に潜り込んで新聞を読み、
自転車に乗れないから、歩いてどこへでも行き、
努力して大学に行き、
生まれた5人の子供達全員を大学に送りだした。

その子供達の孫であるあたしにも、
「やりたいことをやれ!」

と、応援してくれたのは、あたしが都内の出版社で働いていたころ。
軍事恩給の集いなどで、都内に秋田から出てくるたびに、
半蔵門でランチデートしながら、
「よしみ、がんばってるなー」
なんて 褒めてくれながら、おこづかいをくれるひとときが、振り返ると、すごく幸せな時間だった。

おばあちゃんは、がんばって、女性の歴史を変えた人だと思う。

だから、投げやりに生きてるアタシには厳しかったし、
挑戦してるアタシには 優しかった。

あたしも、よく、パワフルで、芯が強い、って 言われる。

あー。おばあちゃんに教わったんだな、って・・思うんだ。

そのおばあちゃんに育てられた5人の子供たち。
母、そしておじさん、おばさん、みんな 素晴らしい人だもの。

あたしが手相観を本気でするきっかけになったブログ
良かったら、読んで★

そんなこんなで・・。
ルーツを感じながらも、自分のベースになる遺伝子。
そして、自分らしさ。

その部分を感じながら。

自分を生きる!

その部分を、抑圧の連鎖ではなく、
自分を許すカタチで 継承していきたい、と思っているよしみです。

先人がいたからこそ、肉体の遺伝子として引き継ぐべきもの。
さらに 向上していける、要素。

それとは 別の 魂レベルでの生き方。

そこを 感じながら。
いわゆる・・
自分を大切にしながら・・。

ますます、自分を生きていこうと 思うアタシなのでした。

それが おばあちゃんの遺伝子を引き継ぐ意味なんではないかな、と。

おばあちゃんみたいに生きる。
それは さらにさらに チャレンジして、楽しんで進化させていくこと。

おばあちゃん!ありがとう!
あなたがいなければ・・母から生まれたあたしがいませんでしたっ!!

 

スーパー晴れ女だったおばあちゃん×晴れ神様って言われるよしみ。

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火葬の日、ザーザーと雨が降る朝になったけど。

おばあちゃんの遺体を乗せた霊柩車が道を進むと、

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雨雲はぐんぐん雲を切り裂いて、晴れ間を見せていった。
太陽がまぶしいほどに火葬場の上を照らしつけた。

かっこいいよ!おばあちゃん!!

あなたを困らせた孫のよしみは、あなたの意思を継ぎながら、
より あたしらしく、生きていきます。

おばあちゃんが もっと やりたかったことをしたら、

「がんばってるなー!よしみ!」

そう言って 宇宙とともに ギフトをくれるんだと・・そう思って とにかくススミます☆

 

よしみ★

2 thoughts on “尊敬すべきおばあちゃん。ありがとう!!そして、ますます宇宙と繋がっていく★

  1. 中村紀子

    お婆ちゃま、とっても素敵✨な人生でしたね。
    最期のお別れもできて良かったですね。
    これからもお婆ちゃまのお孫さんとして誇りを持って生きてくださいね。
    そして受け継いだ魂で私達に色々なことを教えてください。
    ご冥福をお祈りいたします。

    返信

    1. 松本良美

      ありがとうございます☆
      たくさんの気づきをもらった秋田でした!
      名古屋へ、いろいろ伝えたいこと持参で行きますね☆

      返信

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